エスケープすいい

日々のことを書くどこかにいる大学生のブログ

『勉強しかできない子』はなぜ肩身が狭いのか

「勉強しかできないヤツ」というレッテル

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 こんにちは、主かです。

 突然ですが私、中学時代勉強がすごくできました。(本当に突然)

 学年でもトップ5には毎回入っていましたし(ちなみに体育はゴミ)、クラスでも1番勉強はできましたね(ちなみに体育はゴミ)。

 

 

 しかし!!!ここで声を大にして言っておきたいのは、私は決して「勉強?しなくてもまぁそれなりにできるよ?(ドヤ顔)」という天才タイプではなくマジで必死に勉強して現状を維持しているタイプだったということ。

 

  テスト期間は血眼になって勉強したし、「主教科しかできないやつ」と思われるのが嫌で、保健・美術・音楽・技術家庭などの副教科も毎回すごく勉強してました。

 自分で言うのもアレだけど、本当に中学時代は頑張ってました。

  

 

 「じゃあ主かさんの中学時代はさぞかし勉強ができて楽しかったんだろう!!『えっ、主かちゃん98点すご〜〜い!!』と言われてさぞチヤホヤされた中学時代だったんだろう!!」

 と、そこのあなたは思いますよね?

 

 

 なぜそうならなかったのか今からお話しようと思います。

  

 

教師「勉強より大切なことがある!」

 中学時代、私が友達に言われた言葉で印象に残っているものがあります。

 

  期末試験返却の際によくある、「なぁ、お前何点だった??」というよくある会話。

 友達の女の子に、私も「何点だった?」と聞かれ、素直に「95点だった」とか答えました。でもその子は私に「主かは賢いもんな、シねっ」って言ったんですよね。かれこれ8年近く前の記憶ですよ。いつまで覚えてるんだ・・・。その子は私より点がいつも低かったんですよね。

 正直めちゃくちゃ腹が立って、「いやこちとらお前の何倍も勉強したんだよ!!シねと言われる筋合いなどないわ!!!」って心で悪態をついてました(なお本人に言う勇気はない)

 

  もう一つ。

 校内の学力テストで数学が1位だったことがありました。嬉しかったですよ!!そりゃもう!!!当時部活で仲の良かった先生が数学担当だったので、「先生!!私、校内テスト数学1位だったわ!!」と自慢しに行きました。めっちゃ頑張った結果の1位でとにかく誰かに褒めてもらいたかったんですよね。

 

 勉強ができる奴って先生に褒められそうで、意外に褒められません。「いい点を取る」ってことが当たり前の感覚なので、逆に80点台とか取ると、真顔で「調子悪かった?」とか聞かれて凹みます。

 そんな感じでドヤ顔で自慢しに行ったのですが、返ってきた言葉は衝撃の、

 

 「いやお前、勉強できることがすべてじゃないぞ」

 

 

 

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 そこから謎の『世の中勉強より大切なことがある談話』を永遠と聞かされた私の気持ちがわかりますか!!!??ねぇ!!!ねぇ!!?

 必死に作り笑いしながら「あっ・・・すみません・・・(小声)」ってなぜか謝りながら職員室を出て行く私の気持ちがねぇ!!!ねぇ!!??(大荒れ)

 

 

 私は思った・・・

 

 勉強できても意味ないやんけ・・・誰にも褒められないどころか、努力したことに対してなんでこんな肩身の狭い思いせなアカンねんと・・・世の中おかしいやろ・・・。

 

 

 スポーツができる子に対して、「お前な・・・世の中には高校野球よりも大切なことがあるんだぞ」とは決して口にしないくせに、なぜ勉強になると「世の中には勉強より大切なことがあるんだぞ論」が展開されるのか。

 『勉強しかできない子』は悪者なんですか・・・。

 

『勉強できる子』のイメージ像

 メディアを通じて、私たちの『勉強できる子』のイメージは皆だいたい同じだと思います。眼鏡かけて無口。

 

 その上、『勉強できる子』っていうのは、人畜無害な顔して、実は冷徹で、裏ですべてを操っていました!!みたいなイメージありませんか・・・???

 で、なんかドラマとかだったら、熱血教師がやってきて、

「〇〇!!世の中にはな、勉強よりもっと大切なことがあるんだよ・・・!!今から、俺と一緒に見つけて行こう・・・!」

 とか言って、

 

「僕、間違ってました・・・先生ッ・・・!!」(膝から崩れ落ちる)

 

 ってなる。

 なんやこの茶番。

 

 

 とにかく私が言いたかったことは、『勉強できる子』のイメージがもうメディアの影響である程度固まってしまったこと。

  「ヤンキーは実は心が優しくて、秀才は実は性格悪い」みたいな感じ。ヤンキーが雨の中捨て猫拾ってキュン♡ってなるおきまりのやつ。

 それもあって、『勉強しかできなかった中学時代の私』は肩身の狭い思いをし、『勉強ができる』ことをひた隠しにして中学時代を過ごしました、とさ。

 

 『それでいい』で良いと思う

 

 そもそも 、

音楽ができる、すごいじゃん!

美術ができる、すごいじゃん!

スポーツができる、すごいじゃん!

勉強ができる、すごいじゃん!

 

 で良いと思う。

 

 どの分野に関しても絶対努力をしているから「できる」のであって、その努力はそれで認めれば良いと思うわけです。

 だから、『勉強しかできない子』に対して、その努力を認めずにスポーツの素晴らしさを説くのもおかしいし、『スポーツしかできない子』に、努力を認めず勉強をしろと説教するのもおかしいと思う。個人的に。

 

 

 勉強ができる子も、スポーツができる子も、絵が上手な子も、ピアノが上手な子も、皆素敵だよ!!

 

 

 それでは!