エスケープすいい

日々のことを書くどこかにいる大学生のブログ

カンザキイオリ『アダルトチルドレン』の歌詞の解釈・考察

愛されたかっただけなんです。

f:id:flatk:20181019235940j:plain

 

 こんにちは、主かです。

 今回はカンザキイオリさんの、『アダルトチルドレン』という曲について、解釈・考察をしていこうかなと思っています。 「解釈」と言いつつ結構そのまま歌っている曲ですが・・・(笑)

 

 カンザキさんの曲について考察するのはこれで二回目ですね。

 いつものようにめちゃくちゃ自己解釈!!なので(笑)、今回もゆるっと読んでくだされば嬉しいです。

 

 この曲の解釈をする前に、『アダルトチルドレン(AC)』という言葉の説明を少しだけ。

 アダルトチルドレンというのは『子供の頃に家庭で受けた傷(心身問わず)を抱え続け、大人になっても生きづらさを感じたり、人間関係をうまく築いていけなくなってしまった大人』そう言う人たちのことを指しています。

 この曲の「僕」も機能不全家族で育った子供みたいですね。

 

 それでは行きましょう!

 

 

解釈 

愛されたかっただけなんです。
まぎれもないパパとママに
殴られようが蹴られようが
僕は愛されたかったんです。

 「僕」が幼い頃、両親から虐待を受けているという内容の歌詞です。

 

 虐待を受けていても、子供にとっては「たった一人の親」に変わりはなく、親に対して『嫌い』という感情を抱くよりは、『自分が悪いから親が自分を殴ったり蹴ったりするんだ』という思考回路になることが多いみたいです。

 親を恨むよりは、『悪いところは直すから、自分を愛して欲しい』という気持ちが強くなるみたい。

 そのため歌詞が、「僕は愛されたかったんです。」なのかな。悲しい。

 

笑顔でいつも隠しました。
あなたに褒めてもらうために。
「あなたが私のすべて」だと
言ってくれる日を待っていた。

 「あなたに褒めて・・・」の「あなた」は両親だと解釈。

 両親に褒めてもらうために、「僕」はいつも笑顔で本当の感情(泣いたり悲しんだり)を隠します。感情を大きく出すと、両親は怒るのかもしれない。

 

 両親に、「あなたが私のすべて」(子供である「僕」を一番大切に思っているよ、というような意味かな?)だと、言ってもらえる日を待っています。

 

自分だけ違う気がした。
それじゃ今日も優しいふりを。

 

 「自分だけ(他の人とは)違う気がした。」→嘘の笑顔を貼り付けている自分は、他の子(心から笑顔の子)とはどこか違う気がした。

 「今日も優しいふりを。」からは、現在の僕(大人になった僕)の話かなと解釈しています。虐待を受け、感情を殺して生きてきた「僕」は人に嫌われないようにするために、「優しいふり」をして毎日を生きています。

 

愛されたい今日にすがるようにぼくは
生きたい死にたいを繰り返してさ
曖昧にすすんでく
したり顔で醜い顔を隠す。
変われない今日も一人なんだろう
誰も彼も何も信じれないからさ。
目的はただ一つ。
「あなただけが全て」と言われたいだけだ。

 

 「愛された」経験のない「僕」は今でも(両親や周りの人に)愛されたいと思いながら毎日を送ります。「したり顔(得意そうな顔つき)で醜い顔を隠す。」ですが、これは、上手くなった笑顔で醜い顔(愛されたいと思う感情。自分の中の汚い感情。)を隠すという意味かなぁ、と解釈。

 続いての「変われない今日」という歌詞から、自分はずっと幼少期と同じように、笑顔で自分の感情を隠して小さい頃から何も変わっていない(変われない)ということもわかります。

 

 また、「僕」はタイトル通りアダルトチルドレンなのですが、「誰も彼も何も信じられない」「あなただけが全て、と言われたい(=愛されたい)」というように(全てアダルトチルドレンの症状とされています)、歌詞からもそのことがわかります。

 

嫌われないように繕った笑顔で友達ができた
繕う相手は違ったが心から嬉しかったんだ。
それから少しずつ自分が汚く黒く思えてきて
うまくしゃべれなくなっていた。気づけば皆離れてった。

自分だけ違うだなんて、
なんか羨ましくなっていて

 

 「僕」に友達ができたが、「僕」はその友達に対して、いつも繕った笑顔や(嫌われないために)嘘の褒め言葉を話していた。いつも繕っていたのは親に対してだったが(歌詞「繕う相手は違ったが」)繕った結果、友達ができたことは嬉しかった。

 

 しかし、そんな嘘だらけの自分がだんだん汚く思え、友達ともうまく話せなくなります。 

 

「自分だけ違うだなんて」→自分は少し、『普通の子(普通の家で育った子?)』とは違う。

「なんか羨ましくなっていて」は、『普通の子』に対する、羨ましい気持ちかなぁ。「『普通の家庭』で育っていたら、自分もこんな人間にはならなかっただろう」、というような風に解釈しました。

 

死んじゃえもう大嫌いだぼくはもう
周りと違う、化け物に思えてきて。
正直しんどいけど、助けてなんてただ迷惑だろう。
辛いやって叫んでしまえたら、どれほど気が楽にいきられるんだろう
そんなことしたってさ
誰もが素通り自分のことばっかり。

 

 「自分なんか、死んじゃえ!嫌いだ!」っていう「僕」の思い。嘘で取り繕ってばかりの「僕」は周りと違う化け物みたいに思えます。

 そんな状態が苦しくて、『助けて』って言っても、きっとみんな迷惑だって思うだろう。なぜならみんな自分のことで手一杯だし、「僕」が叫んだってどうせ素通りするに決まってる。・・・といった感じに解釈。

 

僕だって、同じように愛のある家に生まれて
笑いあって、生きててよかったねって素直に言い合えて。
変われない今日よ終わって
変わらない今日よ終わって

 

 「僕」が理想とする『家族』の姿が歌われます。

 「変わない今日」「変わない今日」の二つが出てきますが、「変われない今日よ・・・」の方は、あの頃から変われない自分に対する不甲斐なさ。

 「変わらない今日よ・・・」の方は、変わることのない過去の上にある「今日」を悲観する気持ちが伺えます。

 

愛されたいなんて笑えないけど
何もできないままで大人になってゆく。
曖昧に気付いてく。
したり顔もできなくなってゆく。
変われない今日が苦しくってもう
誰も彼も何も信じられなくてさ。
とうとう言っちゃうのさ
「愛されてるくせに」
「ずるいよ」

 

 曖昧に自分が大人になっていくことに気づいていきます。笑顔で繕うことも難しくなって、自分自身がそんな状況から打開できないことを苦しく思う気持ちが描かれます。

 誰も信じられない「僕」は、『愛がある家庭の子供』に向かって、「愛されているくせに」という言葉を投げつけます。

 

 蛇足になりますが、見かけ上は『愛がある家庭』でも、赤の他人の家の本当の姿や事情なんて分かりませんよね。「愛されてるくせに」という言葉は結構タブーな気がします、個人的に。(それを考えての、「とうとう言っちゃう」という言葉だったのかな?)

 

愛されたかっただけなんです。
まぎれもないパパとママに
殴られようが蹴られようが
愛されたかっただけなんです。

もう戻れない気がしますが
大人になってしまいますが
僕は一人で生きてくから。
どうかせめて笑って生きて。

 

 「もう戻れない・・・」以降の歌詞は、子どもの頃にはもう戻れない、生きていればどんどんどんどん大人になっていく。そういうことを全て受け止めた上での、「一人で生きていくしかない」という「僕」の決心かなぁ、と。

 

 最後の「どうかせめて笑って生きて。」ですが、これは両親に対しての「僕」からのメッセージかな。虐待を受けていた「僕」はやっぱり両親の笑った顔はあまり見ていないだろうし、「僕も頑張って生きていくから、お父さんもお母さんもせめて笑って生きていって。」という解釈。虐待を受けていても両親を思う気持ちに胸が痛みます。

 今まで「愛されたい」という感情に縛られ、「自分を、自分を、自分を」と言っていた「僕」が大人になり、少しだけその感情を手放し、初めて「他人を(両親を)」考えることができるようになった、歌詞なんじゃないかな〜とか・・・考えすぎかな?(笑)

 

 ただ、この歌詞の「僕」を自分自身と重ね合わせて聞くとしたら、最後の歌詞は、「僕も一人で頑張って生きていくから、あなたもせめて笑って生きていって。」という、「あなたに宛てられたメッセージ」かもしれませんね。

 

 

 

 

 

 以上が、カンザキイオリさんの『アダルトチルドレン』の解釈でした。分かりやすい歌詞ですが、ところどころ考えさせられる部分があるのが魅力ですね。

 

 それでは!

 

 

 カンザキイオリさんの曲が好きならこちらもどうぞ! ↓